アニメ「宙のまにまに」レビュー

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 7-9月はアニメ「宙のまにまに」を見てました。原作は知らず、単にED曲を聴いたことがあっただけ(CooRieライブで披露された)で見始めたアニメだったの ですが、まじめに最終話まで見続けました。今日の日記はレビューです(なので、ネタバレ出しまくりです。まぁ、最終話も終わったので)。

 「宙のまにまに」は月刊アフタヌーンに連載中のコミックスが原作で、タイトルの「まにまに」とは漢字で「随に」と書く「事の成り行きに従うさ ま」からだそうです。プロローグとしては、主人公の大八木朔はかつて住んでいた町に戻ってきて高校に入学します。その初日、天文部の勧誘をする2年生の明 野美星に出会いますが、かつてこの街に住んでいたときに、朔を暇があるたびに星を見るために連れ出し読書少年としての平穏な生活を破壊したトラウマの残る 幼なじみだったのです。話の成り行きから天文部に入ることになった朔に恋心を抱き追いかけて天文部に入った同学年の蒔田姫や天文部の面々、美星の幼なじみ たちが織りなす学園ラブコメディになっています(ただし、ラブコメディと言っても、姫が朔に明らかな恋心がある以外は恋愛に疎い人の集まりなので、恋愛要 素は薄い)。

 原作よりも先にアニメから見始めたので、アニメを見ての印象としては、はっきり言うならば、あまり特徴のない学園もの、と表現して良いかと思い ます。最近流行の(私はあまり好きではない表現だが)「キャラ萌え」的な要素はなく(登場キャラは星に熱意多い人が多いので「星萌え」という表現はされて いるが)、学園ものとしては基本的な日々の生活やクラブ活動を描いているので、至って普通のコミックスをアニメにした、といった感じかな、と思います。な のでアニメ作品としてのインパクトは強くない一方で、気軽に見られる雰囲気となっていて、見始めやすいかな、と感じました。その見やすさで結局最終話まで 見てしまったわけですが(^^;;。

 後追いで原作を読んだのですが、原作を忠実に再現しているところはアニメ作品としてポイント高いかなと思います。原作ではメインストーリーに対 して細かいギャグが多用されているのですが(特に突き進んでいく美星に対しての姫の突っ込み多し)、そのあたりも細かく表現されています。また、美星の星 に対する「暴走」はやはり動きのあるアニメに向いていて、原作よりも、美星の行動力はとても印象に残ります。一方、原作はまだ連載中で、朔は2年、美星は 3年になっていますが、アニメは朔が1年、美星が2年のときの1年間だけを描いており、話数の関係上、カットされてしまった話が出てしまったり、ラブス トーリーとしては何も進展しない1年間なので、そこをメインで見てしまうとかなりの消化不良で終わってしまうアニメかなと思います。もしかして第2期も考 えて?なのかもしれませんが、実は最新刊の6巻でもほとんどラブストーリーとしては進んでいない(ってか、姫以外恋愛感情なさ過ぎだから)ので、第2期放 送するにしても原作の進展を待ってからなので結構先の話になってしまいそうです。

 アニメ自体は音楽から入ったので、音楽から見てみると、結構良い作品に仕上がっていると思います。OP曲はスフィアの「Super Noisy Nova」でとても明るく良い意味で何かが起こる学校生活の始まりを表し、ED曲はCooRieの「星屑のサラウンド」でイベントが終わってもなかなか気 持ちが伝わらない切さなさを表しており、実際に1話単位で学園生活上の何かのイベントが始まって終わるという内容になっているので、しっかりとOP曲、 ED曲で入り口出口をしっかりと押さえてあるところは個人的はポイントが高いところです。特にED曲「星屑のサラウンド」のサビで「♪この声が届きますよ うに」の部分はとても切ないrinoさんの歌声でとても印象に残ります。

 アニメそのものとしてはこういう感想なんですが、一つの文学作品として見ると、テーマは「寂しさ」と「つながり」だと思います。第1話からとて も重要なシーンがあって、高校に入学して美星に出会った朔は最初美星を拒絶するのですが、それはかつて子供時代に自分の平穏な読書少年としての生活を崩さ れたからと思い込んでいたのが、よく考えると、木から落ちようとした美星を助けようとして朔は腕を骨折までしたにもかかわらず、その数日後の転勤による 引っ越しの日に美星が見送りに来てくれなかった「寂しさ」を一番のトラウマとして抱えていて、実際にはこのとき美星は足を骨折し入院したため見送りに行け なかったこと、また別れを病院に言いに来てくれなかった美星の朔に対する寂しさを、この再会でようやく知ることで美星と打ち解けることができます。ここ に、朔と美星の持った「寂しさ」が描かれています。子供時代に朔とも遊んでくれた美星の父親はその後事故でなくなっておりそれに対する美星の「寂しさ」 や、自分の恋愛感情に気づいてくれない朔に対する姫の「寂しさ」など、いろいろな「寂しさ」が出てきます。

 一方で「つながり」とは、これも第1話に出てきますが、人数がそろわず部の存続の危機に立たされ部員集めに必死な美星に対して朔は「同好会でも 良いのでは?」と聞くと「自分が星空を見た感動を伝えたい。自分たちがいなくなった後もずっと受け継いでいってほしい。そのために部として存続させたい」 と答えます。ここに「つながり」が出てきますが、他にも合同活動をすることになる野木城高校天文部部長の近江はかつて子供時代に参加していた天文サークル で聞いた神話から天文に興味を持つのですが、この神話を教えたのが美星たちの部長の路万で、ここには天文の話を受け継いでいくという垂直と、また合同活動 を行うという水平の「つながり」も出てきますが、実は、近江の初恋の相手が路万であり、神話を教えた直後に天文サークルを体調不良で辞めてしまった路万に 対する「寂しさ」と初恋の相手に再会した「つながり」の側面もあります。美星の父親が亡くなったことがわかるエピソードでは、いなくなった父親に対する 「寂しさ」の一方で、父親の教えてくれた星を見ることによって、今多くの仲間と「つながっている」という話も出てきます。

 最終話では、卒業による世代交代を「星を見ることをリレーする」と表現して「つながり」を強調した終わりになっていますが、星一つ一つでは寂し い存在でも星座となり、星座だけでも寂しいところに神話を当てはめ星座がつながっていくという、「寂しさ」と「つながり」があると考えると、天文部を舞台 にした「寂しさ」と「つながり」を中心とする学園生活は納得がいく描写ではないかと思います。また、最終話では、世代交代の最後のシーンで通常EDで使わ れる「星空のサラウンド」がフルコーラスで流れ1年が終わったと印象づける一方で、最終話のED新たな1年の始まりを描きは通常OPで使われる 「Super Noisy Nova」を流し、星座のリレーによって巡った1年の後にやってくる新たな1年の始まりを印象づける終わり方となっているのは、なかなかの表現だと思って ます(曲を1回1回の終わりと始まりを表した以外に、1年・アニメの始まり終わりとしても表した)。

 とまぁ、結構まじめにレビューを書いてしまったのですが(こんなに長くなるとは思わなかった、と言いつつまだ指摘できない話もあったり (^^;;)、見ていて、高校の部活って心惹かれる、というか、今の財力があるならば高校時代に戻りたいなー、なんて思いながら見てました。アニメの中に は合宿の話も出てくるのですが、自分の部活(放送部)は合宿なんてなかったので、ちょっと合宿にあこがれてみたり。アニメは終わってしまいましたが、原作 はまだ連載中なのでこっちの方も追いかけて行きたいと思います。

 

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このページは、かきもとが2009年9月25日 11:05に書いたブログ記事です。

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